Leaders Build Leaders vol.1
Mr. Scott Pergande氏(積水フーラー株式会社 代表取締役社長)
『リーダーシップ・ラウンドテーブル』は、グローバルな視野と使命感をもって、長期にわたり、ビジネス・リーダーシップを発揮されているゲストをお迎えし、弊社、揚石洋子と秋吉新平を交えた対談形式で、インタビューさせていただくシリーズ企画です。
大野氏をお迎えして、以下の5つのテーマでお話をうかがいました。
大野さんは、現在、国立教育政策研究所の教育データサイエンスセンター長として、また、国際研究・協力部長として、ご活躍されていらっしゃいます。
より多くの女性リーダーの躍進が望まれている日本において、大野さんは、女性グローバルリーダーとして、ワーキング・マザーとして、まさに、ロールモデルとなる存在です。大野さんとの出会いは、2011年でしたね。プノンペンでお目にかかったことを今でもよく覚えています。
懐かしいですね。2011年から2013年の2年間、JICAの専門家としてカンボジア教育省の教育政策アドバイザーを務めていました。
カンボジアでのご経験の中から、記憶に残るエピソードを一つ聞かせていただけますか。
そうですね。ちょうど私が赴任していた当時、カンボジア政府は、日本の「工業高校」に注目していたんです。カンボジアが農業国から工業国へと発展しつつある中で、工業・産業系技能を有した人材の育成ニーズが高まったという背景があります。このニーズにお応えすべく、日本へのスタディーツアーを企画し、カンボジア教育省の事務次官や教育現場の先生方を、岡山県の工業高校などにお連れしました。
日本の理数科教育は、教員養成や教育実験器具の活用など、世界的に見ても強い分野で、実は、日本の工業高校の歴史は、明治時代に遡るんですね。日本の近代化とカンボジアの近代化に、共通点を見出しつつも、いわば日本が100年かけてやってきたことを、カンボジアは20年という短い時間軸で向き合っていることを、JICAの取り組みを通して実感しました。
カンボジアの教育が、加速する経済成長の中で、どう進むべきかという課題をサポートさせていただいた経験は貴重でした。
100年を20年で!勢いを感じますね。私(揚石)が CamTESOL( Cambodia Teachers of English to Speakers of Other Languages)のカンファレンスに参加した時に衝撃を受けたのは、教育と生きる力が直結しているという力強さです。いかにTOEICのスコアを上げるかといったモチベーションとは無縁でした。英語は、特別なものではなく、ライフスキルなんですね。
英語は、コミュニケーションの手段としてあくまで使うもの。生活に関わるスキルですから、学習のハードルを高くしてはいけないですよね。ちょっと勇気を出して英語で話してみると、一気にダイバーシティーが身近になります。そんな実感の積み重ねこそが重要なんだと思います。
現在、大野さんは二つの組織のリーダーを兼任されていますよね。教育データサイエンスセンターと、国際研究・協力部について教えてください。
教育データサイエンスセンターは、国立教育政策研究所(NIER:National Institute for Educational Policy Research)に設置された新しい組織で、2021年10月に発足しました。データ駆動型の教育の実現を目指し、教育データの分析・研究、成果共有の拠点(ハブ)としての機能を担っています。
一方、国際研究・協力部は、歴史の長い部署で、現在はOECD(経済協力開発機構)との教育に関する共同研究などを行っています。生徒の学習到達度調査(PISA)や、国際教員指導環境調査(TALIS)などのリサーチを統括しています。
教育データサイエンスセンターのミッションは、どんなことでしょうか。
私たちのミッションは、データによって教育を見える化し、未来につながる教育政策の意思決定に貢献することです。私は、モットーとして「Without data, you are just another person with an opinion:データがなければ、あなたは、ただの意見を持った一人の人にすぎない」というアンドレアス・シュライヒャー OECD教育スキル局長の言葉を、いつも心に留めています。
彼は、PISA調査の生みの親でもあるのですが、彼の言葉と重ね合わせながら、教育界においても、説得力を持ってデータで示していく動きを推進することが求められているという時代性を日々感じています。
PISA調査で、最近はどんなことが見えてきていますか。
PISA調査は、15歳の生徒を対象として、2000年から3年おきに実施されています。数学、科学、読解力に加え、学校での子供の状況や、教員や保護者との関わりなども調査しています。2018年の調査結果は、特にインパクトがありました。
授業の中でICTが活用されているかという調査項目に対して、日本はOECD加盟国でなんと最下位だったんです。傾向としては、以前から漠然とわかっていたけれども、こうしてデータとしてはっきりと示されたことで、政策決定がスピード感をもって進みました。
2020年GIGAスクール構想はその一例ですが、公立の小中学校で、生徒一人一台の端末が使用できる環境が整いました。新型コロナウィルスの影響もあって一気に進んだわけですが、学校現場にICTが導入されるようになれば、教材ドリルなどの記録もデータ化されますし、生徒の健康状態や、出欠、保護者からの連絡記録などの校務データも組み合わせることで、色々と見えることが増えてきます。
勤務時間がOECD加盟国で一番長い日本の学校の先生が、事務連絡に割く時間を削減して、生徒と向き合う時間をより多く作り出せることに繋がるとよいと思います。
学校の先生のウェルビーイングも大切ですね。
ある自治体が「心の天気」というプログラムを導入したんです。「僕は今日は曇りかな」「ちょっと怒られちゃったから晴れ後、雨」といった具合に、子供達が自分の気持ちや状態を気軽にインプットする仕組みです。毎朝、先生がクラス全員の顔を見た時に、一クラス35名一人ひとりの状態をつぶさに把握できるかというと、なかなか見切れないこともあると思います。
そんな時先生が、生徒たちの「心の天気」をチェックすることで「この生徒には個別に声をかけてみよう」など、生徒により寄り添った対応が可能になるのではないでしょうか。データ駆動型教育というと、やや硬いイメージがあるかもしれませんが、日々の子供たちの笑顔に直結しているんですよね。
グローバルから見た日本の教育の強みは、どんなところでしょうか。
日本は、「知・徳・体」をバランスよく育てることを大切にしています。これは、グローバルからみた日本の教育の強みでもあります。知識や技能の習得に加えて、学校は、思いやりや、協調性、自律心などを養うモラル教育の場であり、健やかな体を育む場です。
2015年のPISA調査では、協同問題解決能力は52ヵ国中2位でした。授業だけが学びではないということですね。掃除や、行事、部活、係活動、班活動などを通して、共に関わり合いながら学んでいく日本の教育モデルが、なんと、エジプトで採用されたりしているんです。
エジプトですか。なんか嬉しい驚きですね。
一方で、日本の教育の課題については、いかがでしょうか。
協調性という強みの逆パターンとして、いわゆる同調圧力のせいで他者との違いを認めるという点については、弱いかもしれません。2013年の内閣府の調査データ(13歳から29歳:調査対象国7ヵ国)で、自分自身に満足しているか、社会を変えていけると思うか、などという問いに対して、日本のポジティブな回答結果は50%を下回っており、若者の自己肯定感の低さや、生きづらさを感じる現状が見えてきています。
ありのままでいいというメッセージを、どうしたら子供たちに伝えられるのか、自己肯定感を上げて社会に関わっていく好循環をどのように作っていくことができるのか、私自身、強い課題意識を持ち続けています。これは、子供だけの問題というより、生涯学習という観点からも、社会全体の課題として捉え、生き生きとしている大人の姿を見せることも、子供にとっては重要なのかもしれません。
大野さんは、常にグローバルな視野に立って日本の教育政策提言への貢献をされていらっしゃいますよね。こうした大野さんのリーダーシップ・スタイルはどのように培われてきたのか、とても興味があります。
私は帰国子女でもないですし、国際会議にのぞむ場合も、かなり準備をして必死でしたね。ただ、臆せずにタイミング良く発言していかないと、日本にとってマイナスであり、損失であるという強い気持ちでやってきました。その場の雰囲気を捉えながら、機動力と柔軟性をもって参加する姿勢が何よりも重要だと感じています。
まだ、娘が保育園児だったころ、PISA運営理事会がブラジルで開催されたため、私も日本の総括責任者として、ブラジルに出張することになったんです。娘には「サッカーの日本代表と同じだからね。お母さんは、PISA日本代表なので、国際試合に行かなきゃダメなの」と言って、納得してもらいました。
国際試合で頑張るお母さんを、お嬢様が応援してくれていたんですね。
そうなんです。涙をグッと堪えて見送ってくれた娘の表情を今でも思い出します。PISAの運営理事会には、約80カ国の代表が集まります。その中でも、特に、OECD加盟国38カ国からの代表となると、欧米諸国が中心で、アジアは、日本と韓国の二カ国だけです。
自分自身は、日本の代表ですが、アジアの代表として発言する責任と意義はとても大きいものだと感じました。欧米の価値観だけでPISAの調査問題が作られてしまうとバランスが悪くなってしまうわけですから、そこに、アジアの意見を反映させていく必要があるんですね。設問の仕方一つをとっても難しいですね。
例えば、満足度を測る場合でも10スケールで日本は6-7を選択するケースが多いですが、ラテン諸国の回答は9-10と圧倒的に高かったりします。国民性が自然と表れてしまうわけですね。数字だけが一人歩きしないように、文化的な違いも踏まえた解釈を行うことが、国際比較では重要だなと思います。
大野さんのこれからのご活躍が目に浮かびます。
文科省からOECD作成の教育ダッシュボードの素案に対するコメント依頼を受けたり、有識者オンライン会議の事務局の運営業務を担ったり、期限は翌日!と言われる急ぎの案件が舞い込んできたり…忙しい毎日ですが、信頼できるチームのメンバーに支えられています。これからも、チームの力を結集して成果を出していきたいと思います。
先日、PISA運営理事会とOECD教育政策委員会の副議長をやらないかと推薦をいただき、会議で選任されました。現在のセンター長と部長としての役割に加え、さらに新たな任務になりますが、今度は、国際会議の全体に関わる役割なので、前向きにチャレンジしたいと思っています。もう少し肩の力を抜いて取り組めるといいなと思いますが。
日本の教育の未来のために、強みと課題の両面から、どのようなアプローチが有効なのでしょうか。
10年後、20年後を見据えて、どういった政策を盛り込んでいくべきか、変化の激しい社会状況をどう捉えていくか、2023年から2027年の5ヵ年計画である第4期教育振興基本計画の議論がまさに今なされているところです。
並行してナショナル・カリキュラムである学習指導要領は10年に1回改定されますが、議論を重ねて出来上がった2020年度からの小中学校の学習指導要領の前文に、これからの学校に求められる三つのことが定義されています。
一人一人の児童生徒が、
自己肯定感、他者との協働、地球人として社会を変革していく担い手になり得るということが、はっきりと示されています。この基本的考え方のもと、いかに各論を計画に盛り込んでいくかが重要になってきています。日本だけではなく、OECDやユネスコでも議論がなされています。
全世界の人が生まれてから死ぬまで、自分らしく生き生きと生きる社会をつくるために、政策として何ができるのか、自分として何ができるか、これからも追求し続けていきたいと思います。
今日は、お忙しい中、貴重なお話を本当にありがとうございました。私たちセブンシーズが、企業研修において目指している理念とも共通項があり、あらためて発見がありました。これからも、是非、意見交換の機会などいただけると嬉しいです。
Mr. Scott Pergande氏(積水フーラー株式会社 代表取締役社長)
大野 彰子氏(国立教育政策研究所 教育データサイエンスセンター長(併)国際研究・協力部長)
今泉 基氏(ヴァーティカル ジャパン合同会社 カントリー・マネージャー)
久田圭彦氏(積水フーラー株式会社 人事・総務部長)
スンジャ・キム氏(アバナード株式会社)
西村尚己 氏(スペランツァ代表)
谷崎 勝乃進 氏(ワークデイ株式会社)
鍬形佐和 氏(日鉄ソリューションズ株式会社)